「主役は確かに参加者だったが、あの人がファシリテーターだからこそ良いワークショップになった。」
そう思われる人こそが、名ファシリテーターでしょう。
私の身近な人では、宮城県美術館の齋正弘(さい・まさひろ)さんが名ファシリテーターとして全国的に知られています。私も実際にワークショップをしていただいたり、本を書いたりしていただきました。この文の最後に、齋さんのワークショップのレポートのアドレスを書いておきます。
残念ですが、私は名ファシリテーターではありません。
名ファシリテーターの「名人芸」は容易に真似できるものではなく、また名ファシリテーターは誰もが、「私の真似をするのではなく、参考にして自分で考えてください」と言います。
その言葉の通り、名人にはなれなくても、「参加者の深く楽しい学びのためにワークショップを工夫しよう」と考えることはできます。名人ではない私たちが良いワークショップを実現するには、どうすれば良いのでしょうか。
私がワークショップを取り入れた講座や授業で心がけているのは、「運び(ディレクション)」と「内容(クリエイティブ)」を、いちど分けて考えることです。「教育はまず内容」と考える人が多いと思いますが、内容と同じくらいディレクションも大切だ、と私は思っています。
私自身が気をつけている、ディレクションのポイントを3つ挙げてみます。
☆会場作り
1つ目は、人数と内容に合わせた「空間」作りです。これは雰囲気を含みます。
私は講座では早めに着いて、まず最初に会場を見せていただきます。授業で毎週同じ教室を使うのでない限り、絶対に欠かしません。
広さや天井の高さを確認します。狭すぎることは少なく、広すぎる場合が多いようです。前の方に座っていただくために、人数に合わせて、使わないテーブルや椅子は後ろの方や壁際に寄せてしまいます。この時、主催者側のスタッフの方と一緒にテーブルや椅子を運んだり並べたりしながら、コミュニケーションを図るようにしています。
決定的なのが机や椅子の配置です。可能な限り、全員が前を向いて座る「スクール型」を避けます。人数が少なめであれば講師を含む「円卓型(ロの字型)」にし、多めであれば4人ずつを目安にテーブルで島を作って「グループ型」にします。
私は原則としてスクリーンを使いません。パワーポイントの是非はひとまず置いておきます。それ以上に、できるだけ会場を明るくしておいて、私の顔はともかく、参加者が自然に相互の顔を見られるようにしておきたいのです。
私はホワイトボードや黒板をたくさん使います。文字を大きく書くためです。文字が小さくて読みにくいと、それだけで後ろの方の人の気持ちが離れてしまいます。据え付け型でなく可動型の場合は、2面でも3面でも、たくさん持ち込んでいただけるようお願いします。
セッティングが終ったら、自分で参加者の一番前の席と一番後ろの席に座ってみます。また、主催者側のスタッフの方にも座っていただいて、私が話したりホワイトボードに文字を書いてみたりして、聴きやすさや読みやすさについてお尋ねします。
スタッフにも参加者の視点を確認していただきたいのが第一ですが、実は講師とスタッフのコミュニケーションを図るためでもあります。私のことを「偉い先生」と勘違いしていることがたまにありますが、会場のスタッフが緊張していると、参加者にその緊張が伝わります。始まる前に、スタッフとコミュニケーションをとることは非常に大切です。
☆リラックス
2つ目は、緊張と緩和のコントロールです。
講座の参加者は、最初はほぼ間違いなく緊張しています。主催者側のスタッフが「先生のご紹介」で散々持ち上げてくださったりすると、正直に言って困ります。そこで最初は緩和から入って、参加者にはまずリラックスしていただくように心がけています(授業では教室の雰囲気によって、わざと最初に緊張を持ち込むことがあります)。
自己紹介やこれから行う内容の説明で笑いがとれれば良いのですが、残念ながら私はそうした芸を持ち合わせていません。そこでまず、自分自身が笑顔で、ゆっくりと話し始めるように気をつけています。
実は私はものすごい早口です。思いついたことを話してしまわないと、忘れそうで不安なのです。良いことではありませんが、こうしたことは自分なりの個性だと思わないと、萎縮して自分自身を緊張させてしまいかねません。それだけに…最初だけでも…ゆっくりと…そして…笑顔で。
そうして90分間なり120分間の中に、何度か緊張と緩和の波を作ります。
最初の緊張した雰囲気は、自己紹介や内容説明で緩めます。次に参加者が緊張するのは、何かの作業をしていただく時や、参加者相互で話しをしていただく時です。作業をしていただこうとしても、講師や他の人の評価が気になって手が動かない人がいます。必要があれば会場を回って、そうした人に一声かけるようにします(笑顔で)。
参加者相互で話してもらう時は、最初に話す人を指名したり、回す順番を指示します。「自由に」でうまく行くことは少なく、「講師の指示なのでやむなく」の方が話しやすい人の方が多いはずです。人数が多く、いくつかの島がある「グループ型」の場合は、緊張しているグループがないか様子を見て、場合によっては口を挟んでちょっとだけ盛り上げます(笑顔で)。
☆参加者からの視点
3つ目は、無理のない飛躍と無理のない着地です。
ワークショップでは参加者に、変わっていただかなければなりませんし、相互に交流していただかなければなりません。これは大変なことです。
私自身は「変わる」ことも、「交流する」ことも苦手です。今の自分を守りたいし、他の人に嫌われたり低く評価されたりしたくないからです。
参加者は「学びたい」とは思っていても、「変わりたい」「交流したい」という人はほとんどいない、という前提で流れを組み立てます。「何を」するかはもちろん大切ですが、「どの順番で」「どのように動いてもらうか」もとても大切です。参加者の全員が、できるだけ無理なく、自分から「変わりたい」「交流したい」と思ってもらえるようにしたいと思っています。これが「飛躍」です。
残念ながら、「こうすればうまく行く」という方法はありません。会場や参加者の様子を見ながら、用意していた作業の順番を変えたり、思い切って一部を取りやめたり、作業時間を限って意識的に緊張してもらったりします。グループ内で、一人で盛り上がって話し続けている人を見つけたら、寄って行ってまず心から耳を傾けた上で、タイミングを見て他の人に話を振るようにします。
臨機応変。名ファシリテーターでない限り、ある程度場数を踏み、失敗もしないと身につかないでしょう。私自身も、今も試行錯誤の連続で恥をかき続けています。
そうやって小さな飛躍と着地を繰り返しながら、与えられた時間の全体に、大きな飛躍と着地、言い換えれば山場とフィニッシュを作ります。これは先に述べた緊張と緩和とも重なります。
ワークショップの終了後、参加者の皆さんが心地よい疲れを感じていただければ、講師としてはうれしい限りです。実際には講師である私だけが、変な汗をかいて終ることもしばしばですが…。
さて、次はいよいよ「内容」の話になります。
◇齋正弘さんワークショップレポート
http://mediadesign.jp/workshop_blog/article-4745/
http://mediadesign.jp/workshop_blog/article-2301/
(大泉浩一)
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